建築計画を左右する3つのキーワード
クリアランス先行ではない
前2回の「基礎知識」に続き、ここからは設計実務に直結する免震Exp.J.カバー(以下Exp.J.C.)のリアルな話に入っていきます。
これまでのコラムでも触れてきたように、免震建物では、設計の初期段階でExp.J.C.メーカーに声をかけて、「躯体の設計」と「免震Exp.J.C.の選定」を一体的に検討していく必要があります。一般の建材のように、設計の終盤に差し掛かってから検討を始めると、多くの場合、設計変更を余儀なくされたり、無理なディテールになったりします。
なぜ免震建物では、早くからExp.J.C.メーカーに相談しなければならないのでしょうか?
以下のコラムでは、免震建物の配置計画やプランニングにも大きく影響する次の3つのキーワードをもとにその理由を明らかにし、適切な設計プロセスを知っていただこうと思います。
キーワード
「クリアランス」「免震Exp.J.C.の製品幅」「可動スペース」
お気付きの方がいるかもしれませんが、これら3つのキーワードはすべて「寸法」と関係するものです。それぞれに確保すべき寸法があるのと同時に、3つの寸法は密接な相関関係にあり、切り離して考えることはできません。
つまり、最初に「クリアランス」を決めておき、その寸法に納まるExp.J.C.を探して取り付ければよい、というような関係ではないのです。
「免震Exp.J.」と「免震Exp.J.C.」の違い
本題に入る前に、「免震Exp.J.」と「免震Exp.J.C.」という言葉の使い方を整理しておきます。
前回の基礎知識のコラムでは、免震Exp.J.や免震Exp.J.C.という言葉を総称して、シンプルに「免震Exp.J.」と表現してきました。
しかし、これから3つのキーワードの相関関係を見ていくなかでは、話の対象を明確にしておかないと理解の混乱を招きかねないので、2つの言葉を使い分けることにします。
ここから説明する「免震Exp.J.C.」については、構造クリアランスに取り付ける製品全体を指します。
本題からはそれるため説明は省きますが、それぞれの言葉の意味が気になる方は補足もあわせてご覧ください。(※)
免震建物での構造クリアランスの考え方
はじめにキーワードの1つでもある「クリアランス」について、免震建物での考え方を説明していきます。
免震建物では外構まわりや、躯体同士の間などにクリアランス(隙間)を設けます。あらかじめクリアランスを設けておくことで、地震発生時に免震建物全体が水平方向に動いても、周辺の地盤や建物とぶつからないようにするためです。
このクリアランスは、構造上必要な隙間として、構造計算によって算出されるので「構造クリアランス」と呼びます。「構造」を省略して、単にクリアランスと呼ぶこともあります。
構造クリアランスは、建物同士がぶつからない「可動量」分の最低寸法で設けます。そのため、構造クリアランスの寸法と、Exp.J.C.に求められる可動量は基本的には同じとなります。
以降に説明していきますが、免震Exp.J.C.を取り付けるために必要なクリアランスは最低寸法では足りません。このクリアランスの考え方が免震建物を設計するうえで、重要なポイントになってきます。
床に見る3つのキーワードの関係
免震Exp.J.C.の製品幅はクリアランスよりも大きい
免震Exp.J.C.はクリアランス内に納まると認識されていることがあります。しかし、実際にはクリアランスの幅だけでは足りません。
分かりやすい一般的な例として、建物の外構まわりに床用の免震Exp.J.C.を設置するケースを見てみましょう。クリアランスを挟む双方が床や路面などの平面になっているケースです。(図1)
この製品の場合、600mmの構造クリアランス(※下地部材を取り付けるため、確保しているクリアランスは700mm)に対して、幅1,485mmの免震Exp.J.C.を設置しています。床用の場合、まず荷重に耐えられることが必須です。
また、地震の揺れによってクリアランスが大きく広がる方向に建物が動いた場合でも、床としてクリアランスを覆い続けなければなりません。そのため図1のような製品設計となり、免震Exp.J.C.を納めるためにはより大きいスペースを確保しなければいけないことが分かります。
図1 外構まわりに設置する床用Exp.J.C.納まりの例(断面詳細図)

※ABC商会「床用Exp.J.C.モルタルシップタイプ」の場合
ところで、なぜ免震Exp.J.C.の製品幅が、クリアランスの2倍を超えるほど大きいのでしょうか?
その答えは、次に説明する免震Exp.J.C.の動きを知ることで見えてきます。
免震Exp.J.C.が動く仕組み
地震発生時には免震建物が水平に大きく動き、クリアランスが広がったり縮んだりします。その動きに追従するのが、免震Exp.J.C.です。(図2)
図2 外構まわりに設置する床用Exp.J.C.の可動イメージ(X方向)

そうした動きに追従できるように、免震Exp.J.C.は、必ず「可動量」を考慮して設計されています。
図1の例で見ると、平常時に700mmあるクリアランスに取り付ける免震Exp.J.C.の可動量は600mmです。図2の左図のように、地震発生時にクリアランスが狭くなったとき、免震Exp.J.C.は片側の床上に大きくせり出します。この製品の場合、可動量が600mmなので、平常時に700mmあるクリアランスが100mmまで狭まっても、可動して追従することができます。
逆に、図2の右図のように、700mmあるクリアランスが1,300mmまで広がったときでも、免震Exp.J.C.は、双方を橋渡しし続けて安全性を保ちます。
このように免震Exp.J.C.が広がる動きを想定した設計のため、クリアランスの2倍を超える製品幅を考慮しておかなければいけないのです。
設計段階で免震Exp.J.C.の「可動スペース」の意識を
そして、もう1つ注意したい点が「可動スペース」です。図2の左側のように、クリアランスが狭くなった場合の動きは、大きく外側にせり出すため、その分のスペースを確保する必要があります。その先に壁や工作物がないように設計することが大切になってきます。
特に、敷地境界や道路境界に迫って建物を計画する場合、免震Exp.J.C.のせり出しが境界線にかからないように注意しなければなりません。
仮に、免震Exp.J.C.の可動スペースを検討せずに免震建物の構造や配置を決めてしまったとすると、免震Exp.J.C.の可動が困難になります。
床用免震Exp.J.C.の設計のポイント
ここで、床用免震Exp.J.C.のまとめとして冒頭のキーワードを図で整理してみましょう。

これまでの内容から、床用免震Exp.J.C.設計段階で注意すべき重要なポイントが見えてきます。
「クリアランス」に対する「免震Exp.J.C.の製品幅」の大きさが2倍を超えるほど大きいため、設計段階で、免震Exp.J.C.の「製品幅」を把握し、そのための設置スペースを確保しておく必要があるという点です。また、狭まる動きを把握し、敷地境界や道路境界にかからないよう可動スペースを確保することも重要な点です。これらの確保すべきスペースをすべて考慮すると可動量の3倍以上ものスペースを意識して設計しなければならないことが分かります。
ここまで、床用免震Exp.J.C.の設計でおさえておくべきポイントを見てきましたが、「壁用免震Exp.J.C.」にはまた違ったポイントがあります。
次回は、壁用免震Exp.J.C.の設計に当たって知っておくべきポイントについて解説します。
※「Exp.J.」と「Exp.J.C.」の違い(補足)
本来、クリアランスに取り付ける製品は「Exp.J.C.(エキスパンションジョイントカバー)」という名称ですが、省略され「エキスパンションジョイント」と呼ばれることが多くあります。
そのためどこを指すのか曖昧になりがちですが、以下のように区別されています。
業界団体である日本エキスパンションジョイント工業会の定義を要約すると、Exp.J.とExp.J.C.は次のように違います。
Exp.J.(エキスパンションジョイント)
一定規模以上の建物は、温度変化や地震などの影響を避けるために、複数のブロック(躯体)に分割し、隙間(クリアランス)を設けて建てます。
分割された各躯体が異なる動きをしても、それぞれが追随できるように「接合する手法・工法」をExp.J.と言います。
Exp.J.C.(エキスパンションジョイント・カバー)
躯体間に設けられた隙間(クリアランス)を覆って、一体的に使えるようにした「仕上げ材」をExp.J.C.と言います。

Exp.J.概念図
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