デザイナーは“ストーリーのある左官”を探っている

デザイナーや設計者から相談を受けてオリジナルの左官で仕上げることはよくあるのですか。

原田 けっこう多いですね。「こういう材料を使ってみたい」と具体的な材料を持ってくる人もいれば、イメージを伝えてくる人もいます。そうした相談があると、サンプルをつくって検証しながら、実際どうすればつくれるのかを一緒に考えていきます。

具体的にはどのような相談が多いですか。

原田 それはもう様々です。そのなかでも最近の傾向として強く感じるのは、プロジェクトや空間のコンセプトに沿った“ストーリーのある左官”を探求する人たちが増えてきたことでしょうか。
例えば、カフェの塗り壁だったら、コーヒー豆を砕いて配合するとか、紅茶の葉を混ぜるといった提案です。
少し意外なところでは、口紅やアイシャドーを練り込んだ漆喰で仕上げた店舗もあります。店舗のコンセプトと紐付けたストーリーのなかで、デザインに関わった女性の視点で生まれたアイデアでした。

また、「地域性」というストーリーのなかで、左官の表現を工夫する提案もあります。北九州のプロジェクトでは、地域の歴史的シンボルである製鉄所で使われてきた石炭燃料の「コークス」の燃えかすを混ぜた塗り材でテーブルを仕上げました。
木材資源が豊富な奈良では、間伐材を活用した割り箸の木くずを混ぜて塗り材にしたこともあります。

テラゾーの中にお茶の葉を混ぜた仕上げ

テラゾーの中にお茶の葉を混ぜた仕上げ

物件名

:渋谷カドーナチュール

設計

:Kii inc.

写真

:原田左官工業所様ご提供

塗り版築
塗り版築

デザイナーから相談を受けて、開発した当社オリジナルの左官もあります。例えば、伝統の「版築」の意匠を、塗り壁にした「塗り版築」です。
本来の版築は、土を突き固めながら何層も積み重ね、厚さが数十センチもある壁などを築き上げていくものです。土を突き固めた版築らしい表情を、わずかな厚さの塗り壁で実現するには苦労しました。
材料の配合から塗り方まで工夫の幅は広いので、塗り版築はいろいろな意匠に仕上げることができます。独特の自然な風合いを醸し出すこともあり、徐々に店舗などで使われるようになり、最近は幼稚園や住宅などでも取り入れるケースがあります。

自由な発想に応える左官職人育成に尽力、女性の左官職人も増加

自由な発想でデザインできる左官には無限の可能性がありそうですね。

原田 まさにその通りで、左官というのはアイデア次第でいろいろなことができます。
今や骨材などの材料を世界中から素材を入手できるし、仕上げ方にも様々なバリエーションがあります。ただ、私たちは職人ですから、コーヒー豆や紅茶の葉を混ぜるような発想はできません。デザイナーや設計者には、職人のスキルを引き出してくれるような提案を期待しています。

自由な発想で様々なデザインが提案されると、それを具現化するための職人の技量も求められますね。

原田 左官は手仕事なので、アイデアを叶えるための知恵や工夫、そして仕上がりの品質も職人の手だけが頼りです。その意味でも、人材の育成と技術の伝承には力を入れています。

世の中全般に人手不足と言われていますが、人材確保には困ることはありませんか。

原田 左官業界全体では職人は減少傾向にありますが、ありがたいことに当社は毎年3、4人採用できており、職人の確保には困っていません。面白いのは、それぞれの出身が多彩なことです。建築出身に限らず、美大や外国語学科を出た人もいれば、意外なところでは情報処理を勉強してきた人もいます。前職が左官とは全く関係のない営業職やOLから転職してくる人もいます。
また、ひと昔前までは、左官と言えば男の仕事でしたが、最近は左官をやりたいという女性がとても増えています。

伝統の「土壁」を生かすアイデアにも期待

材料も工法も様々な左官ですが、そのなかで原田さんがもっと使ってほしいと思っているものはありますか。

土壁

原田 もっと「土壁」の良さを引き出す提案があるといいなと思っています。
もともと日本の左官は“土の色”を生かす仕上げが特徴でした。伝統的な土壁の美しさは、外国の人たちにも好まれ、高く評価されています。
ただ、残念なことに、最近の左官は、塗り材の製品にしても、骨材などの素材にしても、海外のものに押され気味です。デザイナーや設計者のみなさんには、もう一度、日本ならではの土の雰囲気に着目して、うまく使う提案をしてもらえたらと思っています。

材料から工法まで、左官には無限の可能性がありますが、実際には左官でできることの10%くらいしか知られていないのではないかと感じています。

そう言う私たちでもまだまだ知らないことが多くあり、毎日が勉強です。材料もどんどん新しいものが開発され、進化を続けています。

技術の進歩で左官を採用できる場面は増えているので、その可能性をさらに広げられるような知恵と工夫を、みなさんと一緒に凝らしていけたらと思います。

取材日:2020.7.7

原田宗亮(はらだ むねあき)

■プロフィール

原田宗亮(はらだ むねあき)

1974年東京都生まれ。1997年武蔵大学卒業。2000年に(有)原田左官工業所入社。2007年同社代表取締役社長に就任。主な取得資格は、二級建築施工管理技士、左官基幹技能者。現在、般社団法人日本左官業組合連合会の監事も務める。