地震の揺れから社員を守る制振ダンパー「TMD」

テーマに掲げた「100年もつ建物」をつくるためには、ハード面でも強固な建物である必要があります。
耐震設計ではどのような性能を備えたのですか。

熊谷 最近の耐震設計では、しっかりとした「冗長性」の確保が大切だと言われています。つまり脆く破壊するのではなく、仮に被害を受けたとしても粘り強く持ち堪えられる建物にしようという考え方です。
建物自体を強固にすることに加え、もう1つ重要な視点があります。実際に巨大地震で受けた人的被害を見ると、天井の落下や家具の転倒によって多く発生しています。つまり建物の構造体そのものの損傷ではないところでも、人的被害が発生するリスクがあるのです。
そのため、新本社ビルでは建築基準法が定める耐震性能の1.25倍の強さをもつ構造体をつくったうえで、さらに揺れを抑える制振装置「TMD(Tuned Mass Damper: 同調質量ダンパー)」の設置をご提案しました。
TMDは大きな重りと油圧ダンパーを組み合わせたものです。地震発生時、建物が揺れ始めると、それと同調して水平方向にスライドして動き、すばやく揺れを打ち消す仕組みです。

伊藤 TMDの提案を受けて、初めは「そこまで必要かな」と思いました。
でも、TMDを用いると地震の揺れが大幅に低減され家具の転倒リスクも抑えられると知り、社員の安全確保を考えて採用に踏み切りました。
それにしても屋上に載せたTMDの大きさにはびっくりしました。

熊谷 TMDの重さは約100トンあります。
一般的な制振装置は各階にブレースを入れるのですが、それだとせっかくのガラス張りの開放感が損なわれてしまいます。TMDは屋上に設置するので開放感を確保したまま地震の揺れを抑制することが可能になります。
これまでTMDは主に超高層ビルで採用されてきました。このクラスのオフィスビルではあまり前例がなく、先進的な導入事例と言えます。

屋上に設置した制振装置「TMD(同調質量ダンパー)」
屋上に設置した制振装置「TMD(同調質量ダンパー)」

災害発生後も本社機能を維持するBCP

本社ビルであるだけに、大地震を含め災害発生時にも機能を維持できるような備えも必要ですね。

執務スペース
執務スペース。天井の安全性を考慮した直天井を基本とする。空調は、床輻射空調方式を採用

伊藤 BCP(事業継続計画)は非常に重視しました。当社の受発注業務はすべて本社が担っているので、機能は維持しなければなりません。
そのためインフラが途絶えても、最低限の業務を3日間は続けられるようにしています。サーバルームは空調を二重に備えており、もちろん備蓄倉庫もあります。

熊谷 災害発生後も事業を継続できるように、執務スペースは天井材を張らない「直天井」を基本にしました。通常、天井材を張り天井裏に空調設備を設置しますが、落下防止という観点からすると頭上に重いものを置かないほうが安全です。
空調は「床輻射空調」を基本としました。床輻射空調の採用は、建物の環境性能を高めるうえでも効果の大きい空調方式です。

高い環境性能を確保したガラス建築

高い環境性能の確保はいまやオフィスビルの使命とも言えますが、新本社ビルはどのような環境計画を構築されているのですか。

伊藤 当社の社長のこだわりもあってガラス建築としました。ガラス建築は熱負荷低減などの環境対策が欠かせませんが、様々な省エネ設計を工夫していただいたことで、BEI値(Building Energy-efficiency Index: 省エネルギー性能指標)が0.5以下という高い環境性能を確保できました。東京・千代田区内で初めてBEI値0.5以下を達成した建築物です。

熊谷 外装には特殊な高性能ガラスを採用しました。Low-E複層ガラスの空気層に、アルゴンガスを密閉した遮熱性にすぐれたガラスです。

社長の思いや、コミュニケーションを含めた働き方の改革など、様々な要素を合理的に解決したのがガラス建築ですが、もう1つ「緑」という要素もありましたよね。
今でも覚えていますが、設計当初のミーティングで、隣接する日枝神社の緑を視覚的にもつなげようという話が出ました。そこでガラスを介してオフィス内に日枝神社の緑を取り込む一方、2階のバルコニーを緑化して、都市のなかに連続する緑の景観をつくりました。

新本社ビルはガラス建築であることを、様々な形で環境性能の確保につなげています。
例えば、コミュニケーション階段とその両側に配置した吹き抜けは、春と秋の中間期の空調負荷を低減する「自然換気システム」として活用しています。
また、執務スペースに取り入れた床輻射空調も居住域を中心に暖めたり冷やしたりするので、ガラス建築であっても効率的な空調の運用ができます。

そのほか、様々な環境対策を盛り込むことで一次エネルギー消費量を大幅に低減して、BEI値0.5以下を達成し、またBELS(建築物省エネルギー性能表示制度)認証においても最もすぐれた★★★★★を取得しました。

上下階をつなぐ「コミュニケーション階段」は、煙突効果を利用する自然通風システムにも活かしている
上下階をつなぐ「コミュニケーション階段」は、煙突効果を利用する自然通風システムにも活かしている
隣接する日枝神社の緑とつながり、都市に潤いを与える2階バルコニーの緑化
隣接する日枝神社の緑とつながり、都市に潤いを与える2階バルコニーの緑化
日枝神社の山王鳥居越しに見たエービーシー商会本社ビル外観
日枝神社の山王鳥居越しに見た外観
対談風景