事業部の垣根を越えたコミュニケーションを誘発

新本社ビルの執務スペースは、基本的に間仕切りのないワンルームですね。日枝神社から赤坂の街並みまで三方向に開けたガラス張りなので、とても明るく開放感があります。旧本社ビルの執務スペースからはだいぶ変わったのですか。

熊谷 大きく変わりました。新本社ビルの執務スペースは基本的にワンルームですが、旧本社ビルは執務スペースがフロア内で大きく2つに分かれていました。建物の真ん中にエレベーターや階段室を集めた「センターコア」があり、その両側に執務スペースが配置されていたのです。

エービーシー商会さんは、取り扱う建材のジャンルごとの事業部制を敷いていますが、旧本社ビルではコア部分で分離された執務スペースの1つ1つにそれぞれ事業部が入っていました。各事業部がそれぞれの執務スペースにそれぞれのツールを備え、そこで営業から技術、受発注まですべての業務が完結するように使われていました。その様子を見ていると各事業部が1つの会社のように機能していた印象を受けました。

Before(旧本社ビル)

Before(旧本社ビル)

建物中央にあるコア部分を挟んだ両側に執務スペースが分かれていたため、社員同士のコミュニケーションや事業部間の交流を図りにくいことが課題になっていた
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After(新本社ビル)

After(新本社ビル)

コア部分を片側に寄せて整形の大きな執務スペースを確保。さらに階段室を「コミュニケーション階段」として、社員間の交流を誘発する

伊藤 事業部ごとに分かれた執務スペースは個々の事業部の強みを発揮できる半面、事業部間のコミュニケーションが生まれにくいという課題がありました。
当社は幅広く多彩な建材を取り扱っています。その総合力を生かそうということで、数年前から「ALL ABC」を合い言葉に事業部間の連携を深めていく取り組みを進めています。そのなかで社員からも、もっとコミュニケーションを深めたいという要望が出るようになっていました。

そこでこの新本社ビルは、事業部ごとではなく、業務ごとに執務スペースを割り振りました。例えばあるフロアは事業を横断して営業職を集める、別のフロアはすべての受発注を担うというように、業務ごとに執務スペースを分けています。
これによって事業部間の垣根を越えたコミュニケーションが深まることを期待しました。

上下階をつなぐ階段を「コミュニケーション階段」に

新本社ビルには、執務スペース以外にもコミュニケーションを取れる場所が随所にありますね。

熊谷 コミュニケーションを誘発する場のつくり込みは、かなり検討を重ねました。
特に上下階をつなぐ「縦のコミュニケーション」の在り方は、他のオフィスビルなどの前例も参考にしながらだいぶ議論しましたよね。各階の執務スペースはワンルームの空間なので自ずとコミュニケーションが深まりますが、上下階をつなぐことも重要な視点です。
そこで、各階にある階段室を「コミュニケーション階段」と位置づけました。
通常オフィスビルの階段室は、鉄の扉で隔てられた閉ざされた空間で、ただ階段を上り下りするだけです。それに対してこの新本社ビルでは、階段室をガラス張りの開放的な空間とし、そこにコミュニケーションを誘発する居場所をつくっています。

コミュニケーション階段
各階の執務スペースに接した「コミュニケーション階段」は、街に開かれたガラス張りの空間。上下階の移動に階段の利用を促すのと同時に社員間の交流を図る

伊藤 複数のプランを提案していただいたなかで、最もコミュニケーションを取りやすいと私が思ったのもその案でした。上下階の移動にはできるだけ階段を利用して欲しいと考えていたので、階段室を「縦のコミュニケーション」に活用する提案には魅力を感じました。

熊谷 さらにコミュニケーション階段の両側に2層の吹き抜けを交互に設けて、空間自体も上下につなげています。
吹き抜けの部分も打ち合わせコーナーなどに使っているほか、一部のフロアでは執務スペースと連続したリフレッシュコーナーも設けています。オフィス内の各所にコミュニケーションを誘発する場をつくりましたね。

リフレッシュコーナー
執務スペースと連続して設けたリフレッシュコーナー

伊藤 そうですね。リフレッシュコーナーは予約制の打ち合わせスペースと、自由に使える場所に分けて運用しており、予約状況を見ると徐々に使われるようになってきました。
ただ、旧本社ビルにはなかった空間なのでまだ使い方に戸惑っている社員もいるようです。もっと活用してもらえるように働きかけていきたいと思っているところです。
新本社ビルは、ソフト・ハードともに様々な取り組みを採用したので「100年もつオフィスビル」として上手に使いこなし、建築業界をはじめ広く社会貢献につなげていきたいと思います。

エービーシー商会本社ビル

対談日:2020.11.16

熊谷 泰彦(くまがい やすひこ)

■プロフィール

熊谷 泰彦(くまがい やすひこ)

1970年生まれ。1995年早稲田大学大学院理工学研究科修了、同年株式会社安井建築設計事務所入社。東京事務所設計部配属、2019年から現職。丸の内トラストシティー、東京ワールドゲート、東京国際クルーズターミナル、エービーシー商会本社ビルなどの設計を担当