建て替えの決め手は大地震で社員が抱いた不安

新本社ビルの執務スペースは、目の前にある日枝神社の緑や赤坂・溜池の街並みを一望するガラス張りの開放的な空間ですね。
今回、本社ビルを建て替えに踏み切ったのにはどのような背景があったのですか。

伊藤 建て替え前の旧本社ビルは1975年の竣工でした。目に見えて老朽化が進んでいましたが、建て替えに踏み切るほどの決め手を欠いたまま長年使い続けていました。
そんななかで発生したのが2011年3月の東日本大震災です。旧本社ビルは「旧耐震基準」の時代の建物でしたが、地震で使えなくなるほど甚大な損傷を受けたわけではありません。ただ、社員の心情には大きな影響を与えました。これまで経験したことのない激しい揺れに襲われた多くの社員が、「次に同じような大地震が来ても大丈夫なのか」という不安を抱き続けるようになったのです。
そうした社員の不安を解消し、安心して快適に働ける環境を整えなければなりません。そのことが建て替えに踏み切る大きな決め手になりました。
新本社ビルの設計は、安井建築設計事務所さんにお願いしました。
熊谷さんには当初から設計をご担当いただき、初めのころは毎週のように打ち合わせをしていた記憶があります。

熊谷 旧本社ビルを見たとき、私は周辺環境と調和していない印象を受けました。隣接する日枝神社や山王パークタワーの開放的な都市空間に面して外壁が立ち上がり、閉じたつくりになっていたからです。
調べてみると、建設当時は周辺環境も考慮した外観やプランで設計されていたことが分かりました。しかし、近年の再開発や道路整備によって周辺環境が様変わりしていたのです。
新本社ビルのガラスのファサードは、そうした周辺環境との調和を図ったものですが、単に外観のあり方を考えただけではありません。それ以前のもっと大きなテーマのもとで、こうしたファサードが生まれてきたわけです。

外堀通りから見たエービーシー商会新本社ビルの全景。右は日枝神社
外堀通りから見た新本社ビルの全景。右は日枝神社

これから100年、社会の変化に適応できるオフィスビル

設計では、どのような新本社ビルを目指したのですか。

執務スペース
執務スペース。「100年もつ建物」を掲げて、社会の変化に対応しやすい柔軟性を備える

伊藤 当社の社長から強い要望もあり、「100年もつ建物」を掲げました。この先100年に渡って建物を使い続けるには、ハードとして100年もつだけでは十分ではありません。働き方や社会の変化にも100年間対応できるオフィスにしなければいけません。
旧本社ビルは、その点で課題を抱えていました。例えば毎年春、大きな異動があるたびに実施していた各部署のレイアウト変更です。デスクの配置替えや電気・通信回線工事などは、大きな費用負担になるばかりか業務の非効率も招いていました。
これからの時代はそうした変化にも柔軟に対応し、省ける無駄を回避できるオフィスが必要だと思いました。

熊谷 「100年もつ建物」というテーマは、設計のスタート時点から一貫して共有してきました。
そのため、耐震性や耐久性といったハード面に加えて、社会の要請や働き方の変化に適応できるすぐれた可変性を追求しました。
その一例が、各フロアの執務スペースをできるだけ「整形」になるよう設計した点です。整形のプランというのは、長く使い続けるなかで必ず発生する様々な変化に追従しやすい形状です。
また、この敷地には緑の豊かな日枝神社に隣接し赤坂という街に面した立地特性もあるので、そうした周辺環境と融合した建築にすることも長く使っていくうえで重要な視点だと思いました。

執務階のコーナー部分
執務階のコーナー部分

執務階のコーナー部分には、執務スペースとつながって一体的に利用できる2層吹き抜けの打ち合わせスペースも設けている

エービーシー商会本社ビル建築概要

■建築概要

所在地

:東京都千代田区永田町2-12-14

発注者

:株式会社エービーシー商会ホールディングス

設計・監理者

:株式会社安井建築設計事務所

施工者

:戸田建設株式会社東京支店

構造

:鉄骨造(CFT柱)、一部鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造

階数

:地下1階・地上9階

敷地面積

:711.75m2

延床面積

:5294.16m2

竣工

:2020年6月