閉鎖型の全域空調で「コールドチェーン」を確立

豊洲市場は、生鮮食品の品質を保つ最先端の卸売市場として話題になりましたが、どのようなコンセプトで設計されたのですか。

西村 豊洲市場の設計は「食の安全」に欠かせない「コールドチェーン(低温流通系)」の確立が、当初から重要なテーマでした。
コールドチェーンというのは、生鮮食品などの品質を保つために、産地から消費者のもとまで途切れることなく低温で管理する物流システムです。1990年代以降、低温物流業界の各分野で整備が進み、今や世界的な潮流になっていますが、欧米諸国と比べて日本は遅れを取っていました。
なぜなら、コールドチェーンが、卸売市場のところで途切れていることが多々あるからです。低温管理は「閉鎖型」の施設が基本ですが、旧築地市場がそうだったように日本の卸売市場は今も「開放型」の施設が少なからずあります。
部分的に低温管理を導入する中央卸売市場はありますが、閉鎖型の全域空調による低温管理でコールドチェーンを確立したのは、国内では豊洲市場が初めてのケースです。

水産卸売場棟 1階卸売場
水産卸売場棟 1階卸売場

無機系塗り床材の採用はクラック対策も考慮

コールドチェーンの確立には、どの程度の温度管理が必要なのですか。

水産仲卸売場棟 1階仲卸売場
水産仲卸売場棟 1階仲卸売場

西村 水産の卸売場は10.5度で管理しています。その他の卸売場や仲卸売場は、一般のスーパーマーケットなどと同等の20~25度の温度帯です。市場に入ってくる商品は、そうした温度下で一貫して管理され、そして市場から出ていきます。

低温管理の空間では、床もそれに対応する仕様で設計する必要がありそうですね。

水産卸売場棟 1階卸売場
水産卸売場棟 1階卸売場

西村 10.5度で低温管理する水産の卸売場は、床の高断熱化を図っています。
コンクリートスラブの上に防水層を設けて硬質スチレンフォームの断熱材を敷き込み、その上に厚さ150mmのコンクリートを増し打ちした後、無機系塗り床材で仕上げています。

一方、水産のように水を使うことがない青果市場は、防水層や断熱材を設けていないので、コンクリートスラブの上に、さらにコンクリートを増し打ちして無機系塗り床材で仕上げてあります。
機能上はコンクリートスラブに直接、無機系塗り床材を施工しても問題はありません。しかし、ほぼ休みなく稼働する卸売市場の床で、万が一クラックなどが発生した場合、建物の躯体であるスラブを補修するのは容易ではありません。そのため、何かがあっても補修などがしやすいようコンクリートを増し打ちしています。

一見、普通の床にしか見えないと思いますが、豊洲市場の床には、これまで市場の設計で培ってきたノウハウが結集されているのです。

伸縮目地にも固い材料を採用

築30年の大田市場から、最先端の豊洲市場まで、無機系塗り床材のフェロコンハードを使われていますが、設計に織り込むうえで注意していることはありますか。

西村 無機系塗り床材は、コンクリートの打設と同時に打ち込むのですが、コンクリートにクラックが入った場合、追随できないのが悩ましいところです。有機系の床材ならばクラックにも追従しやすいのですが、卸売市場に求められる性能を踏まえると、やはり無機系の床材が適しています。

設計者としてはクラックが入らないよう常に心がけて設計しますが、完全にクラックが入らないように施工するのは現実には困難です。
クラックが生じると、それが微細なものであっても、フォークリフトやターレなどが頻繁に走行することで徐々にクラックの両側が欠けて広がっていくおそれがあるので、その対策を講じておく必要があります。

青果棟 1階仲卸売場
青果棟 1階仲卸売場

具体的にはどのような対策を講じるのですか。

西村 コンクリート打設時、一定の面積ごとに打ち継ぎの「伸縮目地」を取るのが基本です。
ただし、目地にも注意が必要です。一般的な「ゴム系やシール系の目地」は柔らかいので、時間の経過とともに目地の両側が痩せてきて、そこにフォークリフトなどの車輪が繰り返し当たることで目地の角が欠けていくことがあります。
大田市場の花(か)き(※)部で使ったのは木目地です。フォークリフトなどが通ることで少しずつ削られることはありましたが、それほど大きな問題にはなりませんでした。

※花(か)き:切花や鉢花などの観賞用の植物

そのため、当初は豊洲市場でも木目地を使おうと思っていました。
しかし、大量の塩水や水を使う水産市場なので、改めて入念に検討した結果、現時点で最も固いコンクリート系の目地材を選びました。
採用に当たっては、現場で実験をして性能を確認しています。今回は水産だけでなく、青果でも同じ目地材を使いました。おかげで豊洲市場は今のところクラックはまだ入っていません。

一般的な物流センターなどでは、最近は伸縮目地を取らずにコンクリートを打設する潮流にありますが、市場の場合は、床材の選定とともに、目地材や目地の取り方も設計上の重要なポイントです。

水産卸売場棟 1階卸売場
水産卸売場棟 1階卸売場

食品工場並みの設計で衛生管理を徹底

30年の時間差がある大田市場と豊洲市場を見比べると、同じ無機系塗り床材を使用している一方、卸売市場としての機能は大きく進化しているようですね。

西村 大田市場も当時は最先端でしたが、豊洲市場はさらに進化しています。
近年、食品の輸出が増えていることもあり、豊洲市場では食品の衛生管理を徹底する「HACCP(ハサップ)」の基準に準拠して、食品工場並みの危害防止設計を取り入れています。
床の設計にもそれが現れた部分があります。例えば、幅木部分が直角の入隅になっていると清掃しづらいので、アール状にモルタルを打ったり、乾式の成形幅木を採用したりしています。
社会の変化とともに卸売市場の機能も大きく変わり、床をはじめとする設計にもより多くのノウハウが求められるようになっています。

取材日:2020.2.13

西村眞孝(にしむら まさたか)

■プロフィール

西村眞孝(にしむら まさたか)

1944年生まれ。1968年名古屋工業大学建築学科卒業、株式会社日建設計入社。設計部などを経て、2020年から現職。京急第1ビル(ソニー第2本社、ウイング高輪)、キャノン下丸子本社A棟、東京都中央卸売市場大田市場、新潟スタジアム(現 デンカビッグスワンスタジアム)、かわさきファズ物流センター、東京都中央卸売市場豊洲市場などの設計を担当。